working-report 2回戦

ゲーム脳はゲーム脳のままで熱を失うだけ

便利と賢さの二律背反

ウィークデイは紙の日経読みながら通勤するハァァゲームやりてぇよぉ超絶滅種のgentlyです。けさ、とても残念な大人を見かけました。

 

ときどきヘルプマークを付けた壮年男性と地下鉄で乗り合わせることがあります。電車が好きみたいで絶えず時刻表を読み上げるように何かをつぶやいているのが気持ち悪いので、周囲の人は基本無視です。で、けさは最寄駅からの発車間際に一人の女性がロケット弾のごとく駆け込み乗車をキメまして、案の定その手にスマホを握りしめて車内の状況を確認しなかったために男性とぶつかりました。ちなみに私が読んでいた新聞にもブチ当たりましたのでブチ犯してやろうかと思いました少々イラっとしました。

 

すると男性はこのメス豚女性にしどろもどろになりながらも、駆け込み乗車は危ないんだよという趣旨のことを話しかけましてね。豚でも人語を解するだろう、ひとことぐらい謝るのかなと思って様子を見てたら、このクソアマ女性はスマホに目を向けたままこくこく無言で頷いただけで「転スラ」読み始めたんですな。スライム形態のリムル様が見えたからコンマ秒で判別できたぜ!のぞき見防止フィルタぐらい貼れ。

 

私はこのキャリアウーマンの皮をかぶった飯炊女の態度に、相手が誰かを見て対応を決めたいやぁな感じがして吐き気を催したのです。そりゃね、私だって人の見た目や社会的地位で対応を決めることがほとんどですし、好き嫌いだってあります。現にこの男性に対してほぼ無視を決め込んでたわけですから。ただ、私が言いたいのはそういうことではなく、自分の生活に身近でない他者への無関心は家の中だけにすべきだということです。

 

少なくとも外をほっつき歩く間は誰かの存在を気にして行動するのがエチケットあるいはマナーであり、それは誰かに強制されてやることではなく、このようであってほしいと多くの人に望まれるはずのお作法であり、日本人は中国人と比べるまでもなくそれが自然にできるところに美徳と想像力があったんですね。今やスマホで台無しやけど。

 

しかし、私がそれ以上に気持ち悪く感じたのは、この選民思想を街宣し歩く肉便器女性が相手の男性を「普通の人間ではない」と判断した気配があることです。

 

いくら無関心でも人にぶつかったら謝るものです。最近はほれ、善し悪しの判断すらせずにその行為の意味が何であれ反射的に「すいません」言う人いっぱいいますやん。その一言すらないのは、この男性に知的ハンディキャップを読み取り、何を言っても意味がないと数瞬で判断してしまった無意識の差別が根源にあると思うのです。ふとした瞬間に誰の心の中にもある闇が顔を出す、それを顕在化させた津久井やまゆり園の事件を思い出します。

 

社会はスマホによって確実に変化しています。生活が便利になる一方で、わざわざ家の外でしなくていいことまで出来るようになって、その使い方を弁えない下等貧民人たちが我が物顔で闊歩する、スマホを見ながら歩くことの意味に気づくことも考えることもしない、なんか気持ち悪い時代がやってきました。便利になっても多数の人の心がスカスカになって同時にアホになっていくなら、便利にならなくていいんじゃないですかね。

 

追伸 「newみんなのGOLF」を起動した時しか会えない、私の手で生み出した血と汗と涙の結晶たる可愛い娘を秋物コーデしてみました。抱きしめたい。

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3Dプリンタでなんとかならんかな