working-report 2回戦

ゲーム脳はゲーム脳のままで熱を失うだけ

グラウコマ

外界を感じ取る人間の五感、触覚・味覚・嗅覚・聴覚・視覚のうちで最も大切にしなければいけないものはどれでしょう。選べるわけがありませんね。では聞き方を変えて、この中で失っても平気なものはどれでしょう。拷問でも始める気かな。

 

私たちは生まれながらに五感を知っている以上、どれ一つとして失っていいわけがありません。ありませんが、後天的にどれかを失う可能性は常にあり、失った後もちゃんと前向きに生きている人たちが世の中にはたくさんいます。

 

少し前に佐村河内守という人が話題になりました。改めてウィキペディアの記述を読んでみると非常に面白いので皆様にもおすすめしたいのですがそれはいいとして、音楽に欠かせないはずの聴覚を失っても曲を作る「奇跡」を見たがる大衆と見せたがるメディアがいることを、この人はよく理解していたんでしょうね。「現代のベートーヴェン」とか最高にキャッチ—じゃないですか。みんなそういうの好きな。

 

ま、聴覚喪失も作曲活動も嘘だと分かった瞬間の手のひら返しは強烈で、楽曲を作った新垣隆という人が別にいて、現にその楽曲を聞いたなにがしかがおもらしするほど感激したんだから、その価値と才能を正しく評価してやればいいのに、楽曲の使用停止とか演奏中止とか官民こぞって厚顔無恥の各団体が佐村河内に与えた数々の栄誉の剥奪とか、世間は過度のマイナスに作用しました。

 

この人たちは被害者面して建前を守ったのかも知れませんが、じゃああんたらは佐村河内の何を評価して栄誉なんぞ授けたんですか、楽曲を聞いて相応しいと思ったんじゃないんですか?という疑問に答えられずに嗤われていることを理解しているのでしょうか。関係者の誰一人として楽曲の価値は不変であるとは言わなかったあたり、苦悩の果てに見出した一条の光を曲にしたというありもしない筋書きの虚構を見抜けなかったばかりか共感し、これまたありもしない実績という建前を有難がって金を払っているに過ぎない、曲なんぞそれっぽけりゃどうでもええわと言っているに等しい。そういう態度を佐村河内にまんまと掬い上げられたのに恥じることなくいられるのは大した面の皮です。

 

私はこの騒動の後しばらくはベートヴェンなど本当にいたのだろうかと疑ってましたが(ちょうどそのころ「楽聖少女」というラノベを読んでて、作者が同業者をネットで誹謗中傷したかなんだかで実質打ち切られました)、あのピアノソナタの数々は誰が作ったとしても名曲に違いなかろうに、たぶん佐村河内からいろいろ剥奪していった人たちはベートーヴェンでなかったらその価値をも否定するのでしょうよ。

 

なので私の話も大いに疑うことをおすすめします。人は何らかの障害を抱えていてもいなくても同じ人間です。障害が加わった途端に勝手な物語性を与えてくるのは五体満足の傲慢な人間です。それが分かっていればこんなくだらない騒ぎは起きなかったのです。

 

今回の話題は緑内障です。いずれ視覚を失う「かもしれない」話です。

 

緑内障のメカニズムはとても単純で、眼球の中身は房水(要するに涙です、と書いていたのですが眼科医さんのブログ記事などを読んでいると違うみたいですごめんなさい)で満たされており、水風船のようになっています。その内側に視神経および神経細胞が貼りついて、これが脳に信号を送ることによって物が見えている状態になります。房水は常に一定量になるようコントロールされ、適宜排出されます。ところがこの排出構造がおかしくなると房水が溜まりやすくなり、眼球内を圧迫します。視神経および細胞はこの圧迫に非常に弱く、ぺちゃっと押しつぶされてしまうと元には戻りません。こうして物を見るための細胞が徐々に圧迫死滅していくことによって視野が狭くなり続け、最終的に失明に至る、それが緑内障です。

 

発症初期には自覚症状が全くありません。目の中の細胞が圧迫されると言っても痛みを感じません。なので大半の人が気付かないうちに病気が進行し、気づいたころにはもう手遅れなほどに視野が狭まっていることがほとんどです。そしてこの病は極めてゆっくりと進行します。人によっては一生気付かないまま生涯を終えることもあるかもしれません。

 

緑内障の原因は現代医学の力をもってしても解明されていません。日本人の失明原因の第1位は緑内障だそうで、目を酷使する仕事で発症しやすいというわけでもなく(そういう人は別の理由で失明します)、眼球内の圧迫がそれほど強くない人でも発症します。

 

お医者様いわく、

・お酒は飲んでも構わない。たぶん。
・タバコはダメと言われている。らしい。
・原因は仕事上のストレス。と穂村弘さんが言っていた。

 

gentlyこれに答えていわく、

・お酒がなくなったら死にます。たぶん。
・タバコ吸わないとやってられません。あいつのせいで。
穂村弘さんて誰ですか。

 

そしてどんな病気についてもいえることですが、早期発見と治療が重要です。視覚を司る神経細胞は潰されると元には戻りませんので、治療といってもできることはこれ以上視野が狭まるのを防ぐことしかありません。命に別状ないとはいえ、ゆっくりと確実に視野を奪ってゆく、聞くだに恐ろしい病ですね。

 

緑内障が判明した当時の私は東京で勤務しており、非常にストレスフルな馬糞野郎上司が放つ思い付きの指示命令を黙々とこなしていました。あるときその馬糞野郎が抱えている仕事の一部を派遣員(私のように他社から一時的に寄越された人が一定数おり、このように呼ばれていました)にもやらせようという趣旨のことを言い始め、当初我々は「てめぇがサボりたいだけの話じゃねぇか!それくらいのこともできねぇなら広報課次長兼課長なんざやめちまえ!さもないと○すぞ」ぐらいの勢いで反対していたのですが、

 

馬糞「これは君たちの経験になるから」

 

と言いくるめられ、馬糞は肩書どおりご立派に大所高所からものをいうだけの人になりました。

 

その後の私は相変わらずわけのわからない指示を飛ばしてくる馬糞のためにストレスがたびたび爆発して怒声の口論を何度もぶちかますなど、サラリーマン以前に人間として問題のある状態に陥りまして、昔から「楽なことこの上ない」と言われていた職場で心身ともに疲弊しきったところへ健康診断結果が告げるところによると

 

視神経線維束欠損・乳頭陥凹

 

見たことのない注記がつき、直ちに専門医の診察を受けろというのです。「視神経」と書いてあるのでなんとなく目があかんのだろうとは思ったのですが、中点を挟んで後ろのほうがよくわからず、私の乳首は陥没などしていないことをいやらしい手つきで確認しました。

 

仕方なく、軽い気持ちで八重洲地下街の眼科医に行きました。

 

視野検査はなかなか大変で、片目の検査に約10分かかります。正面のオレンジ色の目印を見ながら、その周辺でくず星のように明滅する白い光が見えたらボタンを押します。この間、まばたきは許されても眼球を動かすことは絶対厳禁で、万が一動くと最初からやり直しです。可視領域の計測ができなくなるから当たり前なんですが、人間、10分間も一点を見つめ続ける経験なんてそうそうありません。どんなに好きな相手だって10秒見つめあえたらいい方じゃないですか。私はフィギュアの響ちゃんですら5秒以上見つめられません。だって、恥ずかしいから!

 

医師「まだお若いのにお気の毒な……この後の事もおありでしょうに……」

 

声を詰まらせながら言うのでこれは何か大掛かりな手術でもしないとただ失明を待つだけになってしまうのか、それすら手遅れなのかもしれんと考えてどんよりしかけたところに

 

医師「じゃあ目薬出しときますね」

 

ズコー。目薬で治るんかい。つぶれてしまった神経細胞は戻らなくても、死ぬまでこれを差し続けていれば緑内障の進行は止まるのだそうです。1か月の負担は200円程度。

 

医師「ところが、この目薬には副作用がありましてね……」

 

ゴクリ。本命はこっちだったか。なんだろう。ハゲるんかな。

 

医師「まつげが長くなります」

 

お前さては私を笑わそうとしてるんか?

 

おちゃめな医師のおかげでずいぶん気が楽になり、点眼治療を続けるうちに関西に帰任する段になり、帰任先のビル内にあるクリニックでも点眼薬の継続処方を求めに行ったら、だいたいこんなことを言われました。

 

女医「gentlyさん想像以上に進行してるわ、前からこれくらいだったん?」

 

前がどのくらいだったか診断書とかもらってないんであれですけど、え、なに、そんなに悪いんすか?全く自覚ないですけど。

 

女医「継続的に治療する気持ちはありますか?一生付き合う病ですよ?わかってます?手術も視野に入れて取り組まないと失明しますよ?」

 

同じ病気なのになぜ医師によってこんなにも言うことが違うのか。病状を誤らず患者に伝えることも医師の責務でしょうけど、いたずらに不安を煽るのはなんか違う気がするんだが。その後のやり取りを正確に覚えていないので合っているかどうかわかりませんが、こんな重篤な状態なのに前任の医師は何をしていたのか、点眼で改善するか継続的に見ないといけないのにずっと目薬だったのは信じられない云々。

 

あまりに厳しいことを言われて気落ちしたせいか、このクリニックには行かなくなりました。もう3年近く放置してますが、特に困ったなということはありません。まぁ、本が読みにくくなった気がする程度です。右目の焦点を合わせる位置に黒い点がわさわさして見づらい。新聞は問題ないですね。それくらい進行がゆっくりなのであれば、東京から大阪へ戻った時も大して差はなかったんでしょう。黒い点は大昔から変わらず出てましたし。

 

その後、緑内障についていろいろな文献や記事を読みましたが、人によっては眼球に入った傷などが作用して一時に神経細胞が死滅した状態、つまり病気として死滅し続けるのではなく事故的に細胞が死滅した場合があり、一概に進行性の緑内障とは言えないことがあるそうです。

 

思い出したのは、視力が下がり始めた頃ぐらいから眼球をまぶたの上から指でぐいぐい揉む習慣と、幼少期の親父の折檻でした。前者は確実にアウトじゃなかろうか。だって涙が満たされすぎた程度で潰れる神経細胞が、揉まれて平気なわけないじゃない。後者は土蔵で緊縛されたときの親父の張り手が凄まじくて、眼底に変な傷がついたのです。大阪の女医さんもそれを見つけて色々聞かれましたが、死人の名誉を守るため「こけました」とだけ言っときました。偉いな私。

 

とりあえず点眼は続けたほうがいい気もしてきたので、新しい眼科医を見つけることにします。

 

追記 別に言わなくていいことなので、書いた上で取り消し線を引いておきますけど、東京で受診できる健康診断の方がグレードが高いのは間違いありません。大阪で団体受診する健康診断では過去も現在も一度たりとて眼科医に行けなんて注記がついたことはありません。安全・安心の頭に「平等な」と付け加えた方がいいんじゃないかな。