working-report 2回戦

ゲーム脳はゲーム脳のままで熱を失うだけ

だしと野菜とお肉とお味噌

 

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晩年の歌い直しより最初の粗削りがいい

亡くなってぼちぼち20年くらいでしょうか。当時、紅白歌合戦の追悼企画で堀内孝雄さんがこれを歌い、「友よ、さらば」と告げた後、阿部渉アナウンサーが感極まってぼろぼろに泣いていたのを思い出します。歌はあんなにも人の心を動かすんだなと当時は不思議に思っていましたが、今なら少しは分かるのです。

 

ところで最近のお気に入りは一柳隊です。

 

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いいアシンメトリーだね

クリエイターのご苦労に感謝しつつも時間の都合で視聴の優先度を上げられない作品はカットせざるをえない中、「アサルトリリィ BOUQUET」は当初それほどフックしなかったのに第1話を見終えてしばらくすると猛烈に気になり、一気に5話まで見てしまいました。人数が多いので登場の都度名前が表示される親切設計(年を取るとこういうところにありがたみを感じます)、「シュッツエンゲル」と呼ばれる師弟関係から漂う濃密な百合の香り、そして一柳隊のエンディング曲「Edel Lilie」です。歌っている子たちは激賞するほど上手いわけではなく、曲も何となく聞き覚えのあるアップテンポで、どんな曲だったかすぐ口ずさめるほども耳に残らないのに、不安定な雄々しさが印象に残るのです。秋元康先生の支配下登録選手たちの語尾が「だ」で終わるときの、弱含みの断定に似た中性的な揺らぎです。

 

そして何の脈絡もなく汁物の話をします。

 

それは先々週のこと。作り置きの豚汁が3日目に差し掛かり、いくら涼しいとはいえこれ以上は危ないので全集中の呼吸をもって胃袋に収めた結果、身動きできなくなりました。物理的に動けないわけではなく、体を動かすのが途方もなく面倒くさくなるのです。食事後は床の上、ソファの上、ベッドの上を粘着式クリーナーのようにゴロゴローゴロゴロ―。汁物はジップロックに入れて冷凍保存するのが一番いいなと考えた後、結局そのまま寝てしまいました。おなかが重いと体がしんどい。そしてこのしんどさは暑くもないのに一定量の発汗を伴います。ただのデブじゃん。

 

前に書いたかどうか忘れましたが、料理の腕前はゲームやピアノと同じように、習慣的、定期的にやらないと落ちます。そして、大半の人はゲームやピアノと同じように一定の上達を見たあと能力成長が止まります。趣味でやっている間は工夫や努力を惜しまないので伸びしろはあります。それが伸び切った後は才能の世界です。何かに突出して秀でた人は脳の使い方が全然違うそうです。他人の使い方と比較できないので言語外の知というやつですね。教育指導でどうにもならない領域です。

 

で、ここしばらく習慣的に料理をしていなかった私が何で豚汁を作ったのかというと、近いうち他人様のお店でお客様相手にお出しすることになったからです(無事イベントは終了しました。ご好評をいただきまして光栄至極です)。お前、サラリーマンじゃなかったのかよ。はい、私はサラリーマンです。サラリーマンですが豚汁を作るときだけは豚汁の鬼になるのです。具体的にどう鬼なのか。

 

まず、だしは自分で取ります。ご近所の削り節店で、私が数日前から構想を練り上げた豚汁ビジョンに相応しい、甘くてコクのあるだしが出る上さば節を求めます。500グラム1,000円くらい。削り節相場に詳しいわけではないのですけど、かなりお値段が張ると思います。上とつくだけあって誠に上品なだしが出るのです。家庭にある2番目に大きい鍋に水を張って火をかけて、浴びたら即死するくらいぐらぐらに沸騰してきたら惜しみなく削り節を投入しましょう。多すぎるかなと思うくらい投入しましょう。中火に落とし、そのまま12分程度煮立たせます。このとき、鍋の中で削り節が噴水のように踊っている状態が望ましいです。熱湯の海を泳ぐことでより多くのだしを引き出せます。だしだけに。

 

その間に流動性の高い具の選定を行います。豚汁を作るのですから当然豚肉が入らなければお話になりません。以前はバラ肉を多用していましたが最近は肩ロースと豚バラ(それも生姜焼き用の少し肉厚のもの)を併用しています。食感の異なる豚肉を2種使うだけで味わいに変化をつけるのです。

 

続いて野菜。大根と人参はマストバイ(この唐突に出てくるカタカナ英語の薄っぺらさ)。銀杏切りと角切りを併用します。かづらむきのような高等テクニックは必要ありません。私はいつもピーラーでシャッシャやるだけです。牛蒡は表面をよく洗いささがきに。蓮根は水にさらすか下茹でして灰汁を取ってから使いましょう。上品なだしなので雑味が入らないための工夫です。さといもは皮をむくのが面倒くさいので加工品の冷凍で構いません。そして秋の味覚と言えば菌類ですね。菌類が入った途端、人によっては食い物をドブに捨てるくらい好き嫌いが分かれる具材なので、家族にふるまうときは十分に意見聴取してから投入しましょう。誰が何と言おうと私はしめじを投入する。私の言うことは絶対である。

 

これら野菜の大群に斬撃を加えつつ、だし取り鍋から家庭内最大の鍋に向けて漉し取ります。このとき、土井善晴さんは「だしがらが多少入ったって気にしなくてよろしい」とよくおっしゃいます。確かに、削り節がちょっと入ってるぐらいのほうが「やべぇマジモンのだし取ってるぜ!♪ほんだ~しいりこだしじゃないぜFu!Fu!」ってなるんですけど、私は金網のざるで99.9%のだしがらを除去します。とにかく雑味を入れない。圧倒的に澄んだ黄金色のだしから生まれるスペッシャルな味をご提供するのです。

 

漉し取っただしはそのままだと臭みが残るので料理酒を使うところ、今回は清酒を入れてみましょう。風味が全然違います。そして斬撃の成れ果てたる野菜を固い順に放り込み、最後に豚肉を掛布団のように敷き詰めたら中火で30分煮込みます。

 

角切りの大根が透けてきたらいよいよ味噌を投入します。だしとみそは車の両輪。味噌は絶対に金払いを惜しんではなりません。高ければ高いほど間違いなくおいしいものになります。なので私はいつも「山吹味噌 大寒仕込み」500gパックを使います。ネット販売価格は1個1,237円(税抜)。近所のスーパーは935円です。ちなみにタケヤみそのフラッグシップモデル「特醸」の750gパックは楽天市場で566円。

 

全工程の調理時間は2時間半。手間暇かけることで今まで味わったことのないものが出来上がります。大して料理経験のない私でも異常にハイクオリティになる、それが豚汁なのです。この冬、皆様も作ってみてはいかがでしょう。

 

……ここまで写真がないことについてご不満の読者様もおられると思いますが、料理中に写真を撮る余裕は正直ありません(本当は1枚撮ったんですけど、おいしそうに写らなかった)。かれこれ10年前に交際していた薬剤師の理系女子は、システムキッチンを前に舞い踊るかのように料理し、その合間に調理道具の洗いと片づけを同時に進めるという凄まじい手際の良さでした。理系は脳の構造が違う。難波のタワマンを即金で買い与えられて一人で暮らしてたはずなのになぜか母親に朝帰りがバレて叱られて、私からいくら連絡してもなしのつぶてで挙句の果てに「別れましょう」の返事が来るというね。理系は脳の構造が違う。