working-report 2回戦

ゲーム脳はゲーム脳のままで熱を失うだけ

健康を語る人ほど不健康(前編)

当人が辞めた後も追及の手を緩めないモノ言う女性たちが署名を集めて再発防止策云々と大騒ぎしておられますが、再発防止って、本当に再発しなくなったらあなた方の活躍する場がなくなるでしょうにまさに黙っていられない女性たちのおかげで問題が大いに長引いているという、発言内容が見事的中してしまった森喜朗さんの失言パレードを見ていて思い出したことがあります。

 

いったいどこでそういう仕事の仕方を覚えてくるのか、男性のマウントを取ってマチズモに満ちた仕事根性論とセットで面倒ごとを押し付けてくる女性たちを私は何人も知っています。当時、そのことを半公開の私設ブログで書いたところ、まるで死体に鞭打つように同じ職場の女性たちからご批判とご叱責が飛んできまして(直接的に誰かの悪口を言ったわけではないのですが、なぜこの人たちは自分のやりたくないことを人にやらせておいて好き勝手なことを言うのだろう的なことを書きました)、心も体も穴だらけになりました。すごいんですよ、手の甲に穴が開いて血が止まらなくなる奇病に冒されましてね。四六時中手袋して、夜中に死ぬほどかゆくなって、お布団は血まみれになりました。メンタリティって大切。森さんから学ぶことがきっとたくさんあります。

 

その後漏洩ルートを特定し(IさんとIさんは友好的に見えて、人に言っていいことと悪いことの区別がつかないらしい)、同じ会社の人々と多数つながっていたSNSアカウントを削除し、ブログも閉鎖しました。以来、SNSには見向きもせず、ブログの存在を広く公表するのは文字通り命取りになるので信頼できる筋の人々にのみ公開しております。なので密告したらバレます。

 

私の失言の端緒となったのはかつて、心底気乗りしない仕事を役員が嬉々として投下し、その役員に天地がひっくり返ってもノーを言わない子飼いの筆頭部長が私を手足のように使い続け、休日も返上して事業活動に精励し、結局一銭も会社に利益をもたらさず、他部署からも「何をやっているのか」と意見されるほどの無駄骨を折り続けた結果、役員は更迭され、筆頭部長はグループ会社へ左遷され、配下の部長や課長は次々と巨大な湖のある地域に飛ばされ、当時この人事を「滋賀流し」と表現した部長は今も滋賀県にいますがそれは置いといて、日本史の教科書でいうところの変や乱に相当する大粛清がありました。仕事の進め方が決まっていない企画系に、図面を書いてルールに則ってやる技術系人材を「総合職だから」という理由だけでヘッドに据える人事の采配には心底理解しがたいものがあり、私はその被害者だと今でも思っております。

 

それは10年くらい前。企画部門にいた私は、自治体との関係強化をテーマに事業のあり方を検討していました。地域コミュニティとか地域協働とか社会福祉協議会とか、高齢者を中心とするセーフティネットのありようについて色々調べ、今すぐ収益という結果が出なくても長期的に収益に結び付く取り組みを考えていました。

 

わが社の本業の強みを生かした取り組みとして、自分たちが住んでいる地域のことを住民の皆さんと一緒に調べ、地域との関わりを深め、独自のマップなんかも作って、住民代表の発表会を兼ねたウォーキングイベントを2年続けた結果、一定の実績として自治体からも評価されたのでまぁよかったと安心していたころです。このころからくだんの女性たちにマウント取られっぱなしで、自治体から評価されても社内の評価はキワモノ扱いで、毎日死にたいと思ってましたが。

 

そんなある日、大病を患って生死の境をさまよったらしい役員が、部署の定期ミーティングで「健康に勝る価値はない。ないんだよ。」と感慨深げに言いました。社内屈指の知将で鳴らした役員が病魔との闘いを経て別人のようになり、これ以前から「健康」というキーワードが会議の都度強調されるようになってから嫌な予感しかない状況下、筆頭部長が私を会議室に呼んでこう言いました。

 

「これは君のコミュニケーション能力が最大限生かされる、君にしかできない仕事だと私は思っている」

 

「君にしかできない仕事」というフレーズのなんと便利なことか。それを聞かされる側はどれほど不安を増幅されることか。今後万が一私が会社で偉くなっても「絶対に使ってはいけない言葉手帳」に書いておきます。

 

私を会議室に軟禁した筆頭部長は、日が暮れた窓辺のサッシを下ろし、おもむろにカッターシャツを脱ぎ、動きやすい服装になって、スマホのミュージックを起動し、ラジオ体操を始めました。

 

目の前で展開される事態に思考が追い付かない私は呆然と立ち尽くし、この体操を褒めればよいのか、役員に続いて筆頭部長まで頭がおかしくなったのか、一緒に体操すればよいのか、逃げだしたら可哀想だな、等々会社員として過ごしてきた10年間のノウハウが最適解を導き出せない状態になり、そうこうしているうちにひと汗かいた筆頭部長が一言、

 

「体を動かすんだ。つまり、健康だ。」

「君に体操を見せたのは、自ら率先して恥ずかしい気持ちを捨て去るためだ。」

 

頭の良すぎる人はやるべきことが先行して自分の気持ちや他人の評価がどうでもよくなる気質の人が多い。東証一部上場企業の会議室で、社業に貢献し、エンジニアとして尊敬していた優秀な人物が、満面の笑顔で、能力平均値の域を出ない部下の前で体操を披露する光景が展開されるなど、いったい誰に想像できたでしょう。

 

筆頭部長は使い古されたクリアファイルから「健康構想」と大書された資料を取り出し、外部有識者の知見をもとに営業エリアに居住する高齢者に元気、健康になってもらうプロジェクトを発動するのだと高らかに宣言しました。なぜそんな大事な話をその他部長課長をすっ飛ばして私にするのか、「健康」を名乗りながら組織的に極めて不健全な進め方を選ぼうとしている筆頭部長の意図が分からず混乱の極みの中「ああそうなんですね、いいですね」と答えた以外よく覚えてません。

 

それからは日々、その他部長課長に隠れて筆頭部長の指示するままに資料作りを手伝わされました。連日0時を過ぎても埒が開かないので、土日を充てて社内説明用の提案資料を作り続けました。筆頭部長は大いにやる気で、プレゼンの練習にも付き合わされました。

 

「今の説明はどうだったろうか。」

「たいへんわかりやすかったとおもいますじかんもぴったりです」

「そうだろうか。『引きこもりの高齢者に外出させ健康にする』という表現はやや過激にも思われるのだが。」

「そうかもしれませんでもやろうとしてることそのものです」

「よりソフトな、別の表現を考えてくれないか。」

 

答えが出てるなら初めからそう指示してください。

 

翌週の定期ミーティングは、当然ながら大紛糾しました。のちの「滋賀流し」発案者でもある部長Aは怒りを交えて「何の相談もなく外部有識者やらと折衝して話を決めてくるとはどういう了見か、その下準備を別業務で手一杯のgentlyくんにやらせるのは越権行為ではないか」と筆頭部長に食って掛かるも、役員は「いずれこの取り組みの重要性が君にも理解できるだろう」となだめているのか火に油を注いでいるのかよく分からない論法で鎮火し、体操軟禁事件から10日以上経過する間に感情を殺して資料を作り続け、内容を1ミリも理解していない私が担当係長として指名されました。

 

ちなみに私より4年先輩なのに同格の、毎日ウィキペディアの閲覧という重要業務を担当している係長はおしのごとく沈黙を守りつつもこちらに向ける視線がニヤついていたので素直にぶっ〇してやりたいと思いました。最近は私より3年後輩の優秀な人たちが私を追い抜いて課長になってますから、彼らが私を見る視線もこうなんだろうとなんとなくわかります。

 

また、企画部門の特殊事業で4年間一緒だった部長Fとはこんな話をしました。

 

「君な、俺にはあれだけ意見してたのに、なんであのおっさんに抗わへんねん」

「たぶんつかれはててたんだとおもいます」

「こないなったらもう、逃げられへんで」

 

そしてこれまで地域の魅力発掘プロジェクトとして関与していた事業は、自治体との協働スキームを残したまま健康プロジェクトに衣替えし、私の人生のどん底を突き破る悪夢の半年間が始まるのです。後半へ続く。