working-report 2回戦

ゲーム脳はゲーム脳のままで熱を失うだけ

双巨星、堕つ

皆様こんにちは。この夏、2人の名優が彼岸に旅立たれました。

次元大介トミー・リー・ジョーンズの吹き替え、スポーツマンNo.1決定戦(筋肉番付のお正月スペシャルみたいな番組。と書いてみて、筋肉番付も随分昔に終わったのでした)のナレーションなど幅広く活躍された小林清志さん。世評では次元大介=クールでダンディということになってますけど、私の記憶にいる次元はいつもひょうきんで、とっつぁんを小馬鹿にしながら車を運転してルパンを助けたり、時には喧嘩別れしたりするいい相棒でした。次元の過去が詳らかになるエピソード以外では基本そんな感じだったのですが……軽快さとニヒリズムの二面性こそが次元の魅力でしょう。

30年くらい前、関西圏では日曜の昼12時台にルパンあるいはシティーハンターが2話連続で再放送されていました。あの時間にアニメをあてがった当時の読売テレビの判断はすごいなと今でも感心します。家でお昼を食べながら家族で見るのにちょうどよかったのです。普段はテレビを見ながら食事していると鉄拳が飛んできた実家でも、この時間だけは例外でした。ルパンがふーじこちゃーんにダイビングしながらパンイチになるのも、獠ちゃんのもっこりも適当な下品さで笑って流される程度で、今ほど口うるさく言われませんでした。いやな時代になった。

老害の回顧趣味と言われようが何だろうが、私のルパンは山田康雄さんであり、五エ門は井上真樹夫さんであり、峰不二子増山江威子さんであり、銭形のとっつぁんは納谷悟朗さんです。耳が最初に覚えたからとか、役を引き継いだ人が好きじゃないとか上手下手だとかの感情論あるいは主観論ではなく、キャラクターは声の唯一性によってアイデンティティを保っていると思うからです。どんなに似ていても(似ていなくても)、それはもう、私の知っている人ではないのです。

かつての仲間たちが引退、あるいは先に旅立たれてゆく中で、小林さんだけが私にとっての次元を生かしてくださったのですが、時間という世の理は誠に残酷です。セリフ回しが緩慢になり、次元本来の軽妙さが失われていることはご自身が一番理解されていて、次元引退に寄せられたコメントの中に「ルパン。俺はそろそろずらかるぜ。あばよ」の文字が目に入った時、最高の相棒である山田さんを失って以来、四半世紀以上も次元を続けられてきたことに、ただひたすら頭が下がりました。

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私が敬愛してやまない大塚明夫さんが次元を担当すると聞いたとき、制作陣が起用した意図がよく理解できましたし、確かに大塚さんしかいない気持ちになった傍らで、それは「小林次元」を知らない「大塚次元」が初めての人にとって次元の声になるでしょうけれど、私にとっては「次元の声もやってる大塚さん」なのです。何言ってるか分かりますかね。

ノーチラス号の船長、潜入任務をこなす伝説の男、ふたばちゃんの屈強なお爺ちゃん、人語を解するツシマヤマネコ風のデブネコ、水上機で豚を追い回すアメリカ人等々としての大塚さんと、次元としての大塚さんは、立ち位置が違うのです。大塚さんは先の記事の中でも決意を語られています。おっしゃる通りに、ご自身をも納得させられるような次元を1から作り上げていただきたいし、それを静かに見守りたいと思います。

このメッセージを拝読するまで、大塚周夫さんが初代の五エ門だったことを知りませんでした。周夫さんはモリアーティ教授のイメージが強すぎるんだなぁ。

 

 

そしてもうお一方、京大教授から豊橋の闇医者を経てNERV副指令になった冬月コウゾウ先生、あるいはノーチラス号と死闘を繰り広げた秘密結社ネオ・アトランティスの冷酷非情な紳士・ガーゴイル総統として、そのお声が私の記憶に深く刻まれた清川元夢さん。

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庵野さんのお仕事には必ずいらっしゃる、副指令が顕現したような方でした。庵野さんがファンだったお陰で、私は清川さんの演技に小学5年生で触れる機会を得たのです。ガーゴイル様の仮面は悪のイコンとして十分に機能しましたから、こいつは悪者だ!とすぐに分かったのですが、清川さんの声を聞いていると小学生は混乱するのです。この赤い服の男は悪の声をしていない。でもやってることは悪だ。悪ってなんだ?という具合です。

清川さんの演技は、それまでに見てきたどんなアニメや時代劇にもいない悪でした。悪そうな顔、悪そうな声、そして悪い行いによって定義されていた単純明快な悪の範疇を越えた、大人の悪でした。滅多なことでは感情を露わにしないガーゴイル様にはただただ恐怖しかありませんでした。

バカでかい磁石で空中に引きずり出し、原子振動砲という超音波版電子レンジのような兵器で致命的な打撃を与え、ケルマデック海溝に沈む瀕死のノーチラス号を追い詰めながらも、戦闘ブロックを切り離したノーチラス号の捨て身の攻撃を受けたガーフイッシュ艦隊が壊滅するシーンで、瞬間的に気色ばんだ直後の「……しぶとい奴め」ガーゴイル様のその一言には微塵の悔しさすら感じさせないどころか、喜びが含まれているのを感じたときは鳥肌が立ちました。あのエピソードはその前後を含めて生涯忘れないと思います。

エヴァについては多くの方が語っているので割愛しますが、そんな冷徹な印象をひたすら焼き付けられた私が、よんでますよ、アザゼルさん。の植村教授を見たときの衝撃。斯界の大御所と言っても差し支えない清川さんが、超早口で息の続く限り「イヌイヌイヌイヌイヌイヌイヌイヌイヌイヌ!!」を連呼してるんですもの。その後の犬の扱いに続く駄犬への罵倒のセリフのきったなさをも含めて、俳優が全力で笑わせに来るとはこういうことだと思い知らされました。

私の悪の概念を根底から揺さぶった名優が、その晩年に、とうとう人の姿すらしていない、しかも女の子の頭の上に乗せられるもふもふのかわいいアンゴラウサギとして顕現したときはもはや言葉を失いました。まいった。清川さん降参です。ナディア放送開始30年記念展の図録に収録された、大塚さんと井上喜久子さんとの鼎談は音声で聞きたいくらいの傑作でした。子供向けにしなくても子供はわかる。私はわかった子供の一人になれました。

 

両氏の永年のご活躍に心からの敬意と謝意を表します。小林さんと清川さんの演技に出会ったことで知見を広めた人はたくさんいると思います。この短い間にお二人がいなくなられたのは、ファンとして寂しい限りです。