working-report 2回戦

ゲーム脳はゲーム脳のままで熱を失うだけ

声優とインボイス制度

皆様こんにちは。嶺内ともみさんが年内いっぱいで廃業されるそうです。

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↑何でもかんでもビッグコンテンツに関連付けりゃいいってもんじゃねーだろ

 

私が認識している嶺内さんは小林さんちのメイドラゴンのイルル、スローループの恋ちゃん。特に恋ちゃんには恋する寸前まで心つかまれました。そんなことを過去に書いてた気がすると思って探したらありました。記事中段あたりです。なーいしょも私がやるとヘイトの対象でしかない。

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24歳。人生のキャリアパスを考えられてのご決断なのだろうと思います。新しいことを始めるにあたって若いに越したことはありません。外野から見ている分には見切りの早さに多少のもったいなさを感じなくもないのですが、そういう業界なのだと改めて思い知らされました。

業界には嶺内さんほどの露出機会にも恵まれない若手声優がたくさんいると推測します。人気作品にクレジットされても主役、準主役以外はコアなアニメファンでも認識することはほぼありません。少なくとも私は2段落目にクレジットされる人の名前を憶えません。そんなステータスの彼ら彼女らに、このニュースはどのように受け止められているのか、席が空いた、チャンスだと思うのか、はたまた厳しさに打ちのめされるのか、少し気になります。

 

嶺内さんのキャリア志向に影響があったのかどうか分かりませんが、機動戦士ガンダムUCプルトゥエルブことマリーダ・クルス役など多くの人気作品に出演している甲斐田裕子さんをはじめとする業界の方々が、インボイス制度に反対する趣旨のロビー活動を展開しています。

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インボイス制度とは、法令に則った様式の請求書(インボイス)作成を義務化する制度です。国税である消費税の課税事業者が対象で、請求書の発行、管理などの事務負担が増えます。一般企業の大多数は課税事業者なので、2023年10月1日の制度開始までに、インボイス制度の登録事業者となって準備に当たらねばなりません。うちの会社は早々に登録しました。

※2023年1月18日追記

インボイス制度の事業者登録は当初2023年3月までとされていましたが、企業の登録率が7割弱、個人事業主は4割弱とあまり進んでいない現状を踏まえて、期限が9月末まで延長されました。インボイス記載事項の登録番号通知が間に合いませんが、決定後に取引事業者間で情報連絡して実務を回すようです。まだひと波乱ありそうですね。けったいなこっちゃ。

 

いっぽう、声優やフリーの作画を生業にしている人のほとんどは年間売上が1,000万円以下の免税事業者と呼ばれる個人事業主です。彼らは取引慣行上、仕事の報酬に含まれる消費税分の金額を納める必要がありません。また、免税事業者がインボイス登録事業者(=課税事業者)になるかどうかは任意とされています。

なーんだ、それなら個人事業主インボイス登録事業者になる必要なんてないじゃないと思うでしょう?ところがそうはいかんのです。インボイス制度開始後、課税事業者と免税事業者の間で取引が行われた場合、課税事業者は免税事業者との取引相当額について、仕入税額控除を受けられなくなります。最初の3年間は80%、次の3年間は50%と段階的に控除率が下がり、最終的に0になります。つまり互いに課税事業者にならないと、もう片方が余分な消費税負担を強いられることになるのです。

これが何を意味するのか。どんなに零細であっても、元請の制作会社や、その他利害関係者で構成される製作委員会メンバーに取引を継続してもらうためには、個人事業主である声優はことごとくインボイス登録事業者=課税事業者にならざるをえず、なけなしの収入から消費税を負担することになります。甲斐田さんたちはこれを問題視し、世界に誇る日本の文化としてこれでいいのかと言っているのです。

 

……私ね、甲斐田さんのおっしゃってることには一理あると思います。お金のない若手声優たちに、任意と言いつつ半ば強制的に課税事業者登録させた上で徴税を強化するのはちょっと変だなと思います。ただでさえ厳しい世界なのに、こんな税制では業界にいられる子たちが激減してしまう、才能の裾野が狭まってしまう、その通りだと思います。でも、そうなったところで困るのは一体誰なのでしょうか。長期的には誰も困らないんじゃないかと思います。

 

まず、当事者たる数少ない売れっ子声優の皆さんです。大方の事務負担は税理士に丸投げできるでしょう。場合によっては所属事務所の経理担当者がマネジメントの一環として肩代わりしてくれるかもしれませんね。彼らにとってインボイス制度は事務負担の増加ではなく少々の金銭的負担程度に過ぎません。

続いて、ほぼ無名の声優の皆さんはどうでしょう。彼らは税理士を雇うお金など持っているはずがありません。請求書作業なども事務所がどこまでやってくれるのかわかりませんし、研究生など相対的地位の低い人たちは最悪自分で全部やらなければならないかもしれません。しかも今まで支払わなくてよかった消費税を課税されるのです。普通に考えたらやっていけません。厳しさに打ちのめされて早々に業界を去る人も出てくるでしょう。

しかし、早々に業界に見切りをつけた上でのセカンドキャリア開発という観点で見ればむしろ望ましいことなんじゃないかと思うのです。若ければ次の働き口を見つけやすく、声優、芸能の夢は断たれても、人生の新たなステージで新たな夢を見つける可能性も格段に向上します。

では、発掘されたかもしれない誰かの才能を遠ざけられた業界の人、あるいはそれを心待ちにしているファンはどうでしょうか。開けなかった扉の向こうに何があるかわからないうちに去ってしまった才能を惜しむ人はいません。それに現在の声優志望者の数は明らかにキャパオーバーである、と同じ声優の大塚明夫さんが著書で言及しています。

誰もが信じたい可能性を論理的に潰していく良書

夢を追うことを推奨し、ある程度の年齢を過ぎても仕事として続けていけない人たちをいつまでも囲っておく業界であってはならないと私は思います。それは極めて残酷なことです。声優を志望する人もしない人も、ある男の生き様を知る上でこの本は大勢の人に読んでもらいたいです。

ところで私が思う一番の問題は、業界の周辺産業である声優に特化した専門学校です。夢を、夢のままで終わらせない。これに関してはラブライブ!シリーズなど有名作品の音響監督を数多く手掛けておられる長崎行男さんのお話を読めば大体の人が納得すると思います。ぐうの音も出ない正論です。

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大塚さんと長崎さんに共通するのは、資格を取るような感覚でこの世界に入っても成功しない、どんな逆境にあっても演技することに命をかけるくらいの覚悟がないと到底務まらない、ということです。あとは言外に手段と目的を混同するなとおっしゃってます。声優になるために声優学校に行くのは構わないが、では漫画家になるために最初にすることは学校選びか?違いますよね。まずは自分で描いてみて人に見てもらうことじゃないですかと長崎さんが言及しているように、止むに止まれぬ演技したいという熱情、これがないとダメなんだ、ただし熱情だけあっても運がなければダメな人はダメなんだと。それくらい厳しい世界だというのです。

このお話とインボイス制度は本質的に同じ軌道上にあるような気がしています。目の出ない子は早期の退場を促す、逆に言えば本物の根性、魂を持った人間が淘汰されて生き残るという意味で、インボイス制度は日本の産業構造を変える、より多くの労働生産人口を生産的な職種に分配すると思います。声優なりたい子多すぎなんだよな。それは国の労働市場とか産業構造とか大上段から刀振り下ろさなくてもさ、日頃演技しない子がなんでそんなのやりたがるんだろ、それでとりあえず声優学校ってただのモラトリアムじゃんって思うんだよな……あの、決して声優やクリエイターの世界が生産的ではないと言っているのではありませんよ?もっとも、そんなことまで国や税調が意図したなんて1ミリも思いませんが。

 

あと、この話は甲斐田さん大塚さんとお酒飲みながらしたいです。お叱りを受けるならそれもまた一興。甲斐田さんに叱られたら私は明日から真逆のこと書きます。