working-report 2回戦

ゲーム脳はゲーム脳のままで熱を失うだけ

健康を語る人ほど不健康(後編)

決算業務に埋もれている間に、世の中では田中邦衛さん、橋田壽賀子さんと、昭和平成ドラマ界の巨星が相次いで亡くなられました。橋田さんはついこないだテレビで元気にしゃべってはったのに、人の命は分からないものです。明日は我が身。

超繁忙期は6月下旬まで続きますが、とりあえず前編で終わっていた話の続きを書きためておりましたのでアップしておきます。

 

ある年の4月。健康構想を大々的に掲げ、不自然すぎる笑顔を貼り付けた役員Mと筆頭部長K、そして地域の魅力発掘プロジェクト以来私をこき使う女子(以下、女子)ともども、秘書っぽい女性(以下、秘書)に先導され、私はある不動産会社の会議室で、常務取締役との面会を待っていました。

健康と不動産会社がどうしてもつながらない皆様。私もいまだにつながりません。この常務取締役(以下めんどくさいので単に常務と表記します)、社業とは別に健康増進クラブ活動をサイドビジネス的に展開しており、何をきっかけに知り合ったのか役員Mがすっかり心酔してしまったのです。それで、常務の健康的なお知り合いに講師として都度ご登場いただき、当社の営業エリアにお住まいのシニア世代を対象に健康講座を開講するという一大プロジェクトが打ち合わせ前から決まっておりました。わし、いらんやん。

ラインナップを見ると、似顔絵、静物画、体操etc...決して専門家というわけでもないのにカルチャーっぽいところを押さえているのと、常務と講師陣の交友範囲の広さに驚きましたが、その講座名のひとつから、貞子井戸のような不吉な気配が漂ってきました。

 

     水中運動

 

じぇ「なんですかこれ」
常務「ご存じないですか?プールで行う運動です」
じぇ「いやそれはわかるんですけど当社にプールなんてないですよ」
役員「はっはっは、それはそうだな」
部長「gently君、君が見つけてくるんだよ」
女子「それくらい推測してしゃべれよクズが」

 

役員の前では一介のイエスマンに成り下がる部長がこのとき何を言っているのか、落ち着いて考えたらそれ以前から何を言い出すのか理解が追い付いたためしはなかったのですが、要するに営業エリア内にある、シニア世代が利用して万が一のことがあっても対応できる(病院が近いとか、救急の専門家がいるとか)ご立派なプールを見つけてこいというわけです。

ちなみにこの事業は営業エリアの自治体との協働という建付けになっているため、真っ先に思いついたのは市民プールですが

 

市「貸し切りは無理ですね」

 

ごもっともです。ハイシーズンを過ぎたとはいえプールを貸し切ってくれる自治体なんてあるわけがない。事業の時間帯は平日昼間の約3時間、6週にわたって開催されるので、当該時間帯だけ貸してくれそうな施設となると、フィットネスクラブしかありません。というわけでアポ電入れました。

 

交渉には私と、私の直属上司にあたる課長、しれっと小声で私を嗜めたように見えてただのパワハラかましてきた女子と、不動産会社の秘書が向かいました。我々を迎え入れたフィットネスクラブの店長は冒頭から怪訝な表情です。難交渉の予感がするぜ!てゆうかこんな話つぶれてしまえ!

提案書に沿って、私は機械的に説明しました。自治体との協働事業なので決して怪しいものではないこと。定期的に開催すること。当然利用料を支払うこと。常務が講師を務め、安全管理のため当社から補助インストラクターを1名つけること。いかん、店長がこちら側に傾き始めた!絶対断ると思ってたのにチキショー!

 

……コロナのご時世になって尚のことでしょうけれど、大きな施設を抱えるフィットネスクラブは閑散時間帯の収益化、収益とまではいかなくても維持費の調達に頭を悩ませています。そこへ東証1部の大手企業から、平日昼間という最も暇そうな時間帯に定額貸切による収益化の話が転がり込んできたとなれば、店長としてはぜひとも形にしたいと思うもののようです。

 

女子「絶対に転ぶからお前は余計なことを言うな、アジェンダ通りに説明したあとはすっこんどけ」

 

話の成否にほとんど関心を失っていた私を一々叩きのめさないと気が済まない女子の見込みどおり話はまとまり、それなりの金額で契約締結にこぎつけました。

 

ところで、提案書の中で一つ気になっていた「補助インストラクター」1名について、女性2人のどちらかがやるのだろうと思っていたので、何の気なしに聞いてみました。

 

秘書「私は絶対嫌ですね」
女子「アホかお前セクハラで訴えるぞ」
課長「私は写真記録や非常時連絡の係やるから」

 

どうやら初めから私がやることになっていたようです。

 

他にも各自治体との協働事業を担当していた関係で遅くまで残業していた影響もあったのか、この前後から夜になると猛烈に手の甲がかゆくなる奇病に冒されました。皮膚科に相談しても原因不明で、かきむしったせいで表皮に大きな傷穴が開き、絶えず血液か何かよく分からない汁が出てきては固まり、固まっては猛烈にかゆくなる繰り返しでした。逆にこんな状態になればプールに入る許可など出ないだろうと思っていたら

 

女子「事業開始までに絶対治せ、惰弱な奴だ」
店長「ビニール手袋の手首を輪ゴムで固定してもらったら大丈夫です」

 

かたや水着姿をさらけ出したくないため、かたや収益確保のため、あくまで私を犠牲にしようとする。それはまるで豊作祈願のため水神様の怒りを鎮める生贄を相談するかのような伝統的しきたりの流れでした。

余談ながら、私が奇病に苦しんでいる時に女子は気を遣ったのか(この人に気を遣われるようになったら本格的におしまいです)、お肌のトラブルに効くらしいヨモギ成分配合の軟膏を分け与えてくれましたが、単純に痒かったものが痛痒くなっただけでした。

 

結局、奇病はその後2か月ほど私を苛み、この間は分厚い手袋をしながら、毎週土曜日に地域の公民館を利用して開催された似顔絵やら体操やら、陸上で行われる講座のアシスタントを務めました。ちなみに静物画に使った花瓶や置物は私の家から供出し、リラックスできるようにと音楽をかけろという指示に対しては私が自宅からポータブルプレーヤーを持ち出し、ENYAや小松亮太押尾コータロー村治佳織のCDを供出しました。

 

女子「キモい趣味してるくせになんでこんなもん持ってんねん、ほんまキモい」

 

そして8月下旬。水中運動の事業開始に間に合ってしまいました。それ以前から阿倍野区の市民プールに通い、常務からインストラクターのコーチングを受けていたので万全です。グループの流通店舗に発注する際、試着用のサンプルを「下着の上からはくように」と言われていたのに直ばきしてしまったために結局自費で購入してしまった水着を装着し、いざプールへ。

 

女子「仕事中にプールとは結構なご身分や、大して仕事せんくせに」

 

もうどうでもよくなっていた私は、役員や常務同様、精いっぱいの不自然な笑顔を顔面に貼り付けて、女子が記録用と称して写真を撮りまくるのに任せていました。あのデータが今も会社のファイルサーバのどこかにあるかもしれないという絶望的な事実に打ちひしがれながら、今日も生きています。

 

6週間。別に当社がわざわざ声掛けしなくても独立駆動で長生きされるであろう元気なシニアの皆様と、毎週同じプールに入り、ぷかぷか浮いたり、大股で水中歩行したり。いつでもプール運動の指導者になれるってくらいアシスタントを務めました。この間、常務や部長は私が水死体になっているのを1回だけ目撃し、ご両人とも思想が実践されている様子を見て、不自然とは異なる種類の笑顔でプールを後にしました。

 

事業は無事終結しました。完全に気力を失っていた私は報告書作成にも手間取り、私をしもべ化した女子に手伝ってもらいながら、ガミガミ怒られながら、なんとか終結に持っていきました。格安の請負費(当社の収入)に対して、破格の事業経費(当社の支出)。その後、市議会では魅力発掘プロジェクトから数年にわたり、競争入札方式にもかかわらず当社が落札し続けたことについて癒着が疑われました。市の財産を恣意的に運用し、特定企業の収益に加担しているのではないか。長期的なビジョンも意味もない、そもそも収益すら目的ではないことを理解しながらも私は身を削ってやってるのに、市議会議員は何を見てるんでしょうね、ははは。全員死ねアホンダラ。

 

当時、就職から10年少し経過したころで、なんの報いでこんなことをやらされているのだろう、なぜ事業とも呼べない何かに加担させられているのだろう、そしてなぜ、これをやれと命じた人は毎週来ないのだろう、私は命じられてやってるだけなのに、なぜ他部署から容赦ない批判が私に向けて浴びせられるのだろうと自問自答し、購入から数年経ったマンションの一室でどうやって首を吊ろうとか、手首を切ろうとか、資産価値が下がると迷惑だから高所から飛び降りようとか、危ない時期を迎えていました。

 

そんな中。とある寄付金事業をめぐる打ち合わせの最中に、健康構想とは別の部長と意見の食い違いから口論になり、あまりに腹が立ってコピー取りついでに気分転換しようと立ち上がって数歩歩いた直後、ぶっ倒れました。辛うじて立ち上がるも足腰がわなわなして、ついでに顔面も口元もわなわなして止まらず、自力で立ち上がることができないまま駆け寄った人々の助けで何とか椅子に腰かけ、水を与えられ、時間も上下もわからない状態になり、救急車が到着してストレッチャーに寝かされました。

事業と接点のない課長が付き添いで同乗し、「これもまぁ経験や」と言いながら抗拒不能の私の写メを撮ってるのが目に入ったとき「復帰したら殺してやる」と思ったせいなのか、走行中の救急車内で私を介抱してくれた救急隊員が「血圧240!下がりません!」緊迫感をたたえた声で叫んでいるのがぼんやり聞こえた時、あー私死ぬのかな、脳をやられたんかな、会社に戻っても元通りの仕事は無理やな等々、脳をやられた割に色々なことを考えてました。

 

病院に着いてからは看護婦さんが「gentlyさん、聞こえます?名前、分かります?」と絶えず話しかけてくれたおかげで強烈な眠気から解放され、CT、MRIを通されて異常のないことが分かったものの、倒れた原因についてお医者様が言うには

 

「慢性的な疲労状態と、急激な血圧上昇によるパニック症状でしょう」

 

会社からは家に帰って翌日の金曜日も休むよう言われ、土日をまたいで出勤したものの周囲が気を遣っているのか私に仕事はほとんど回ってこず、口論した部長との関係修復のため早い時間から飲みに出かけたりしましたが、何も解決していないと思いました。いたずらに私を疲弊させ、会社に何の利益ももたらさなかった事業について、役員からも筆頭部長からも何ら総括めいた話がないのはさすがにおかしいだろうと思っていましたが、それがこの会社なのだ、事業の後の反省がないから同じ失敗を何度も繰り返すのだという悲しむべき歴史的事実を思い出したのでした。事業体の思想として恐ろしく不健康な会社が健康健康って、なんの冗談でしょうね。

 

その後も2か月ほど、ゴールの見えない自治体との協働事業はどうなったのかもよく分からないまま、定時株主総会後の異動内示により部署メンバーの「滋賀流し」第1号となりました。事業チームは解散、この事業に関与した部長級、課長級も子会社や他部署に異動、役員は執行猶予もつくことなく即刻退任、他に言い表しうる言葉が見つからない、完全な粛清でした。

 

そんな中でも辛うじて正気を保つことができたのは、別の事業で知り合ったライターさんというのか事業家というのか、日本の一般的な職種ではうまく説明できないお仕事をしている方と色々なお話ができたからで、その方を経由して社外の色々な人と知り合い、そして「滋賀流し」をきっかけとしてさらに社外の多くの人とお会いする機会を得て、なんとか立ち直れたことに感謝する日々、という風にお話は続いてゆくのですが、これはまた別の機会にいたしましょう。

 

ある年の4月ごろから始まり、10月ごろに事業が終了し、その後年度が代わってぶっ倒れるまでの約1年間を駆け足で振り返ってみました。思い出すのも苦痛の日々でしたが、あれがないと今の私はどうなっていたのか、ただの増長したバカになっていたのかもしれないと思うと、多少は感謝すべきなのかもしれませんね。

 

あの女子だけは何があっても許さんけどな。