working-report 2回戦

ゲーム脳はゲーム脳のままで熱を失うだけ

大学と私(5)

皆様こんにちは。業務の山を一つ越えたgentlyです。これからが大変なんですが何とかなるでしょう。一山超えて規律が緩んで飲みすぎてひっくり返ってさっき起きたので、高校生がポエムを書くようにあの頃の話の続きを書いてみます。

 

まるで修道士のような大学生活は2年続きました。もう3年生です。そんな灰色の暮らしに最初の変化をもたらしたのは学外の友人たちでした。高田馬場と大岡山にそれぞれ地元つながりの友人がいて、面識のあった高田馬場の友人から紹介されたのが大岡山でした。大岡山は現在ベンチャーを立ち上げてどうやら成功しているようなのですが縁が切れました。Facebookをやっていたころの情報発信を見ていてもカネの流れ、どうやって儲けているのかがよく分からなかった。起業マインドを持ってる人というのはやっぱりちょっと変わってる人ですわ。

高田馬場も官公庁勤めになって嫁さんもらったあとは1回おうちに招かれた程度で縁が切れました。小中からの持ち上がりで続いた関係でしたが、切れる時はあっさりしたもんです。家庭を持つってそういうことですよね。「大学時代の友人は一生もの」と高校時代の恩師が口癖のように言ってましたが、私は女関係どころか男同士の友情ともあまり縁がなかったようです。ほんと何しに行ったんだろう。そういうのを大事にしたい気持ちが私になかった、より正確にはある時期を境になくなったのが原因なんでしょうね。もっとも、関係が続いたところで何かがどうにかなったわけでもないと思いますけど。

 

師匠「ちょっと、俺たちのこと忘れてない?」
じぇ「いまから書くんだよいまから」

 

そう考えると研究会(ゼミナール)という授業で交流を深めた友人たちとの関係は長いです。KO義塾に限らず、大学には3年次から研究会という2限連続の特殊講義があり、2年かけて先生と限りなく近い距離で研究テーマを深掘りするのです。

私が選んだのは日本法制史でした。なにそれって思うでしょう。憲法とか民法とか刑法とか商法とか民事・刑事訴訟法とか労働法とかそういうのじゃないのって思うでしょう。3年になった私はどう考えても文系だけど、法律ほど数学的なものはないと思うようになってました。まず、条数と内容が覚えられない。暗記型試験のために身につけたスキルは反復継続によって身につくもので、その点は同じだったはずなんですけど、全く興味関心がわいてこない。そして条文に書いてある日本語がよく分からない。なにこの漢字カタカナ。そういうのは江戸明治の古文書だけで終わっとけよ、現代語に直せよと。さらに、条文の中の条数が何を指すのか覚えられない。先生方はそれを体系と呼ぶんですけど、私には迷宮でした。そういうのはもう無理だと自覚しましてね。ひたすら自分の好きな歴史系に逃避しようと決めたんです。それが法制史。それも明治初期という、一般には平和と思われている時代を専門とする、大変ニッチな分野です。もうほとんど教授個人が特定されるんじゃないかこれ。

 

……読者の皆さんは佐賀の乱なんてご存じないでしょう。普通の人は知らなくていいです。受験で覚えたかもですが知らなくてもなにも生きていく上で困ることはありません。幕末、維新の功績者たちは明治新政府になってから十年と持たずに分断します。一番有名なのは西郷隆盛率いる旧薩摩藩の下級武士を主体とする不平士族による西南戦争(明治十年)ですが、それより前の明治七年、新政府の重鎮だった江藤新平が大規模な反乱の首魁に担ぎ上げられます。しかし政府軍の圧倒的な情報、物量に押され、首謀者とされた江藤は捕縛されるのですが、自らが司法卿として整備した警察制度によって捕われ、同じく自らが整備した司法制度(刑法)によって裁かれ(それも至って簡易な裁判で)、斬首されるのです(この裁判を取り仕切ったのは私の記憶ではのちの大津事件でも登場する児島惟謙だったことになっているのですが定かではありません)このとき政府内で全権を振るったのが大久保利通で、かつての仲間たちに対する厳しい処断が多くの士族の恨みを買い、彼もまた紀尾井坂で暗殺される運命にあります。

このように明治維新は血塗られた歴史、勝者同士の果てしない暗闘の歴史なのです。それを知ってか知らずか政党名に維新なんてつけてる人たちいますけど、御一新や維新の語感と、幕府という旧勢力を倒したイメージに引きずられてそれカッコいいとか思ってるんだったら真摯に歴史を学べ!気が知れないわ!と言ってやりたいです。旧幕勢力の新撰組を名乗ってる政党もありますね。壬生の狼は所司代の犬呼ばわりされてましたけど、手当たり次第に人を噛んだりしないのです。特にあの元大阪府職員はひどい。時の首相に向かって資本家の犬などと、どの口が言うのでしょう。大阪市長に噛み付いてるお笑い芸人はある意味歴史を踏襲してることになるんかな。知らんけど。

 

師匠「そんなのよく覚えてるね、研究テーマすら忘れちゃったよ」
じぇ「山城屋和助と山縣有朋の話をなんでわしが覚えててやった当人が忘れてるねん」

 

……研究会とは読んで字の如く表向きは研究の方向性が一致して、同じゼミ生同士が意気投合しやすいとか言われますけど、我々は全くそんなんじゃなかったです。いったいどこの世界の話だそれってくらい。卒業後、私が関西に帰る前、同ゼミで共に散々悪事を働いた師匠はわざわざ東京駅まで見送りに来てくれたんです。そのとき、大きくて重い紙袋を手渡されましてね。こんなにずっしりたくさん、お土産なんて気を遣わなくていいのに。そして彼はこう言いました。

 

「gentlyさん元気でね!いつか必ずこれが役に立つ日が来るから!」

 

その言葉にちょっと感動して大学4年間を述懐しながら新幹線の車中で紙袋の中身を取り出したら18禁エロゲー祭りでした。平日で周りに乗客いなくて本当によかった。運悪かったら社会的に死んでた。就職直後から異常に忙しい身の上になって、身も心も疲れ果てた頃合いにエヴァンゲリオンを見て、見終えた当日に全巻DVD買いそろえて、

 

じぇ「名声や名誉より優先すべきことが出来た」
師匠「ようこそこちら側の世界へ、歓迎しよう」
じぇ「勘違いするなよ、エロゲーじゃねーから」

 

東京駅の見送りから3年後にホットラインが復活して現在に至る。

 

先生「なんだかんだでいい話だよね」
じぇ「あの時はあいつ●すと思った」

 

結局独身を貫いてる師匠と、師匠の友達の先生が交友関係として残ってるんですけど、裁判官になったガンダムコードギアスと海外プロサッカーリーグオタクは私んちにカレンさんの魔改造フィギュア送りつけてから連絡が途絶えてます。あと、結婚を境に我々と連絡を取ろうとしない重量挙部の先輩は「お前1日に何回シコれる?俺は15回だよ」とか話してたのに、あと先輩の自宅の冷蔵庫の牛乳パックから緑色の固形物が出てきたりしたんだけど、今どうしてるんだろう。何度も言いますけど、家庭を持つってそういうことなんですよね。我々の存在は家庭不和の遠因になります。

研究会での悪事の数々は次回に持ち越します。このままだと本題に入れない。4年次の北海道ゼミ旅行に触れた記事はありますのでご参考にどうぞ。

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話を戻しましょう。それは世界がミレニアムで浮足立っていた2000年春のこと。東工大から鎌倉ハイキング行こうぜとお誘いを受けました。「合コンで知り合ったお茶の水の女子たちも同行したいというので連れていくことになったけど、あんまり期待はするな」となぜか事前にくぎを刺されて、行ってみたら女子が2人いて、ひとりは何の印象も残らない普通の子で(どんな子だったか忘れた)、もう一人はハイキングやーゆうてるのにコツコツヒール鳴らして、ばっちり顔面工事した子でした。歩きながらいろいろお話しても、ふにゃふにゃしてて要領を得ない。えらく歩きにくそうで、こちらが気を遣って喫茶店で何回か休憩する羽目になりました。

東工大の言わんとすることはまぁだいたい分かりましたが、何を隠そう、この厚塗りヒール女子と私は後にズブズブの関係になるんですけれども。

 

6月。まだ折り畳み式ですらなかった携帯電話に厚塗りの彼女から連絡がありまして。いわく、最近ストーカーに追われている。来週の金曜とか空いてないかな。かくまってほしい。大学寮から一歩も出なければ安全なのにわざわざ大塚界隈から池上の私の家までやって来るのはどう考えても「襲って」って言ってるようなものじゃないですか。え?誰にですって?ストーカーに決まってるじゃないですか。失敬だなぁ、私のことなんだと思ってるんですか。まぁその通りなんですけど。

……連絡を受けてから当日までの私は心がざわついていました。動揺のあまり皿洗い中に何個か食器割りました。ストーカーのくだりは全然意味が分からないけど、異性を招き入れたことのないこの家に、数日後いかにも女子女子した女子が来るらしい。なぜそんなことになったのか、落ち着いて、その後のことを、思い出してみましょう。

 

合コンならぬ合ハイ@鎌倉のごはんどきに口説いたりしたっけな。いいえそんな関心微塵もございませんでした。そういや後日渋谷で飲み会もやったな。あー、あの時確かに酔ってふらふらしてしなだれかかられた覚えがある。ただちに彼女の友達が引っぺがしに来てものすごい警戒の視線浴びたけど。いや私なんにもしてませんけど?睡眠薬入れたりしてませんけど?抱きついたりしてませんけど?ホテルの部屋とかとってませんけど?なにこの子、女の子もたれかかってきたら避けろやとでも言いたいんか?

その後?いやふつうに帰ったよ?その夜はそれっきり。何もない。そのときもそれ以降も。つまりまだ2回しか会ったことない。そんな男の家に来るって、もうこれはそういうことだね。そうだね。はい解散。

 

遠藤周作先生を多少かじった程度で心に巣食う誘惑を取り払えるわけがありません。フラグとチンアナゴの両立。ライフワークバランス。駅まで迎えに行ったところ、案の定バッチリ塗られた彼女が待っていました。毎度思うけど若くて普通に可愛いのに何でそんなにゴテゴテするかな。そう思いながら私も何の必要があったのか徒歩5分の駅まで乗ってきた自転車を手押ししながら彼女を自宅までエスコート。前カゴにカバン入れなよ。ああ、入らないんだ。何持ってきたのかな。化粧品?女子は大変だね。着替え?いやそれ何日分あるの?ごはん?んー、この辺そんなに美味しいお店ないよ。スーパーで肉買って焼肉しようか。ワンルームで焼肉って。

はいー。肉、焼きました。新聞敷いて焼きました。じゃんじゃん食いました。一人暮らしなのにホットプレートとか持ってたんですよ。お酒も飲みました。邪心を鎮めるには早々に酔い潰れて寝ちゃうに限ります。なので普段飲まない缶チューハイとかジーマとかたくさん飲みました。彼女はどうだったかな。わすれた。私のベッドは彼女に譲りました。私は飲みすぎと変な興奮で寝られなくなり、床の上でうーうー言いながら転がってました。

 

「ねえ、大丈夫?」

 

いろいろな意味で大丈夫じゃありません。とりあえず寝ましょう。これが男女一つ屋根の下か。どんなに鎮めようとしたって満潮のように人力で抑えられない何かがやってきます。

 

「わたしも眠れないの」

 

いやもうそういうのいいですから。てかメイク落とした?そのまま寝たらいくら若いつったってお肌がアレですよ?あ、さっきお風呂入ってたな。わたちもそのあとはいった。いいにおいした。頭痛い。早く寝たい。寝ついて何事もなく朝を迎えられたら私は大丈夫。え大丈夫?なにが?

 

ふぁさっ

 

と私のお腹の上に熱い何かが乗っかったと思ったら彼女の頭でした。いや彼女の首が何者かに切り落とされたわけではなく、胴にくっついたままの頭が私の胸にあてがわれてました。そのまま何分ぐらい微動だにしませんでしたかね。鼓動を聞いているのは彼女なのに、私の心臓がかつてない拍動を刻んでいるのがよく聞こえました。発作寸前。あぁこれさっきお風呂でかいだシャムプーのにおいじゃん。知ってる知ってる。知ったのさっきだけど。キューティクルとかよくわかんねぇけど実家以来のエッセンシャル使ってるんだ俺。意味のないことを超高速で考えながら、何分も経ってないかもしれない。やかんが沸騰を知らせるように、浴槽からお湯が溢れるように、隠していたリビドーが頭をもたげてきて、彼女の頭を私の頭まで運んできてキスしました。

彼女はすごかったです。キスなんてしたことなかったんで、ナディアがそうしたように初めての相手は唇を合わせるだけだろうと思ってたんですけど(それまでの絵的な情報ソースがナディアしかないという)、1回目早々ぬらりと舌が入ってきました。そんなん、チェリボーイにいきなりそんなんしたらあきまへんがな。おかしなリまんがな。そこからはあれよあれよのAtoZ。気がついたら空が白んでました。夢中になってました。頭痛いのも忘れてました。フロントミッションオルタナティブを初めてやった時の徹夜以来ののめり込み具合でした。若いってすごいけど怖い。

ひとしきり燃え盛って、ぐったりした後に思い出していたのは、王妃マリー・アントワネットの一節でした。不能と思われていたルイ16世が「女人がこんなに良いものだとは知らなかった」とこめかみを動かしながら食事している善良かつ愚鈍な表情でした。仮にも夫に対して愚鈍という感想を抱く女は一体どんな女なんだろう。いま目の前で全てをさらけ出している彼女は、なぜ私とこうなりたいと思ったんだろう。私は誘惑に負けてしまったけど(すごい気持ちよかった!ヒャッハー!)、彼女のことを1ミリでも好きになった瞬間があっただろうか。こういうことがきっかけで好きになっていくものなんだろうか。はい、賢者モードというやつですね。一人でも二人でも、変わらずやってくるものなんですね。

 

ピュアを捨て去り一皮むけた私は、さん付けだった彼女を名前で呼ぶようになり、ミレニアムの長くて濃い夏休みを迎えるのです。今回はここまで。5,000字はるかに超えちゃった。

 

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