working-report 2回戦

ゲーム脳はゲーム脳のままで熱を失うだけ

高木さんは好きかい?私は好きだよ

皆様こんにちは。もうを遥かに通り越してまだ中学生のgentlyです。宝田明さんが亡くなった知らせを見て、初めて宝田さんを見たのがクイズ世界はSHOWbyショーバイ!!だったことを思い出して、そこからさらに芸能人の訃報で後にも先にも唯一泣いた逸見政孝さんのことを思い出して感傷に耽ってたら、頭の中だけ中学生に戻ってました。

 

それで誰かに尋ねられたわけではないんですけど(もっと言うと前にも書いた気がするんですけど)、からかい上手の高木さんは私のクラスにもいました。何かとちょっかいかけてくる、そこそこ可愛い女子です。ブログなどで高木さんを見た人の感想を追ってみると「高木さんにからかわれたい人生だったー」とか「こんな子いなかったよー」とか、フィクションとしての憧憬を語る人が割と多いようです。確かに、そんなに言うほど頻繁にからかわれたりしませんし、見た目中学生の、中身は六本木か新地のママみたいな、あんなあしらい方する女子なんていませんけど、みんな忘れてるだけです。高木さんほどではなくても、私たちが覚えていないか気づいていないだけで、そういう女子は必ずいたのです。

 

新聞の投書で「息子がそろそろ30になるのに彼女を作ろうとしない、将来のことを話そうとしても全然取り合ってくれない、真剣に考えているんだろうか」との相談に対して相談員の回答は「男性はお母さんとそういう話をするのはいくつになっても恥ずかしいものですし、息子さんだってきっと結婚を意識しています、その時のお相手が誰かはともかく、お母さんから見て息子さんが社会人としてちゃんとした生活を送っているなら、同じ女性としてその様子を見ている人は必ずいます、過度に心配する必要はありません」。

この回答は完璧です。社会人としてちゃんとした生活。20代後半、まさに結婚観の話で親子関係が断絶し、おかんは隣の芝生を羨むように手堅い役所勤めになった中学の同級生の順風満帆な暮らしを引き合いに出して、せっかく東京の大学にやったのに関西にすごすご戻ってきて、就職氷河期真っ只中という事情も顧みず中途半端な会社に就職したと言い募り、以来私は実家に戻らず、誰かと交際しては一様に愛情の不足欠乏を相手に訴えられ、時間を徒過しただけの、お金を溶かしただけの離合集散を繰り返して、アニメの美少女ばかり追いかけるようになって、業務上のストレスをいくつも抱えて、健康診断の数値がことごとく悪化して、産業医の保健指導にも従わず、仕事帰りに閉店間際までお酒を飲んで、一人暮らしの賃貸マンションでお風呂にも入らずひっくり返って、深夜に目覚めて鬱々とした気分でインターネットを渉猟しながらこんな記事を書いているのを「社会人としてちゃんとした生活」というのかどうかはともかく完璧です。気づいたらふわふわワクワクfourtyとっくに過ぎてました。

だからみんな元気を出して。「社会人としてちゃんとした生活」を送っていれば、いくつになっても高木さんはいるんですよ、どこかに。どこにだよ。それがないってことは、ちゃんとしてないか、相手を作る気がないんですよ。

 

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ほんとかわいいなぁ

相手を好きになる気持ちがどこから芽生えてくるのか。高木さんはなぜ西片が好きなのか。西片のどこがいいのか。このトップレビュアーはそれを理解できない人生を送ってきたんだろうなと思います。こんな禍々しい呪詛に賛同する人が多いなんてイカれてるぜまったく。長瀞さんを高く評価している点だけは褒めてやろう。

 

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西片は本物の中学生です。社会人ではないので当然資力もなく、将来どんな大人になるのかなんて皆目見当もつきません。それにものすごく思慮が浅はかで、毎度高木さんに絡め取られて悔しい思いをしています。見た目がかっこいいわけでもありません。それでも高木さんは西片をからかって遊んでいます。なぜなんでしょう。

これは私の回答で、正誤はわかりませんが、中学生、特に男子中学生が不毛と言われるのは、将来のこと、勉学のこと、遊びのこと、女の子のこと等々、考えることが増える割に成長が追いつかずイライラしがちで、言葉は立派でも中身が伴わないことが増えるからです。その次の高校受験という、人生初のプレッシャーを体験するお年頃でもあります。早く結果を出したい焦りもあるかもしれません。私がそうでしたから。

ただ、私が言っているような、中学生を俯瞰的に眺める視点を獲得するのはもっと成長してからであって、どんなに不毛と言われようと中学生は日々を一生懸命生きているのです。とりわけ西片は「高木さんに勝つ」というピュアな目標に邁進しており、思春期特有のイライラを多少は抱えながらもまだ遊びたい盛りの少年です。しかも相手への思いやりが強く、高木さんに負けるたんびに歯噛みしながらも、いつも高木さんのことを気にしています。その気持ちをなんと呼ぶのかまだ気づいていないみたいですが。

高木さんはからかいにおいて銀座や中洲の高級クラブのママに匹敵する実力者ですが、まだ中学生なんですよね。最初は西片が好きかどうかなんて考えもせず、その言葉通り「反応が面白いから」からかっていたに過ぎないんでしょう。ところが女の子はやっぱり成長が早い。特にアニメ3期の高木さんは西片をからかう中で、彼のピュアなところ、優しいところにずっと前から気づいていて、それがどういう気持ちから出ているものなのか、西片本人より先に理解しました。だから、からかうのが悪いことだと思い始めたのでしょう。ビジュアル的な部分でも西片を見つめる視線が以前より真面目というか、小馬鹿にするような目つきをしなくなったところに彼女の成長を見るのです。

 

つまり、西片の優しさは恋する気持ちなんだってことに気づいた高木さんは、その優しさに応えたい(=からかいたい)だけの女の子から、ちゃんと自分を思ってくれることへの嬉しさで高木さんも西片を恋するようになって、その表現手段がからかいじゃない何かにシフトしようとしている、それだけのことなのです。高木さんはちゃんと西片を見てるんです。社会人ではないけど、俯瞰的な視点もないけど、彼女なりに西片を見て、西片のいいところに気づいて、好きになったのです。新聞の人生相談は間違ってなかったのです。

 

……なんですか?自分はそうじゃなかった?そうですね、あなたはそうじゃなかったかもしれない。私もそうじゃなかったけどな!でも高木さんと西片はそうだった、それを運命と呼ぶのです。あなたの運命がそうじゃなかったことをもって恋愛スポットが全部モロヘイヤになるわけではない、それを呪詛と呼ぶのです。

 

成長途上の視野で見える世界にいる誰かを好きになることを理解不能として否定するのは、ほぼ自己否定につながると思います。私たちだって多かれ少なかれ、なんらかのトリガーをきっかけに、よくわからないなりに誰かを夢中で好きになることがなかったとは言わせません。その時に将来がとか、人生のステージがとかなんて考えましたかね?

高木さんの場合はからかいの言動があまりにも大人びているためにアンバランスを感じる人がいるのだと思います。私の場合、今や人生の敵となったおかんに中学生のころ言われましたよ?あんたの世界は狭い。そして今もしおかんと再会しても言うでしょうね、あんたの世界はもっと狭くなったと。高木さんのおかんが同じことを言うかどうかは知りません。

アンソロジー的に「元高木さん」、つまり西片と結ばれて平和な家庭を築いた物語が存在することに対して否定的な気持ちを持つのもわからなくはありません。世界はもっと広くて、男も女もそこそこいるのにそんなに早く決断しちゃうことが本当にいいことなのかと言いたい気持ちもわかリます。でも、そういう恋愛って、素敵じゃないですか。

あくまで高木さんの恋愛遍歴として、西片は来し方にとどめるべきで、その後二人がどうなったかまで描く必要があるのかどうか、西片ではなく私だったかもしれないみたいな優しいぼかし方を、公式が「元高木さん」を推すことで半ば否定していることについて、原作者の山本崇一朗さんがどう思ってるかは知らないですよ?でもね、リアルな尺度で物語の成り行きを批評することは、昔から、野暮って言うんですよ。

 

……あまりにもひどいレビューだったのでうっかり3,000字オーバーしてしまいました。ちなみに高木さん3期のブルーレイのトップレビュアーは私です。大事なことなのでもう1回言います。高木さんは誰にもやりません。2巻が出たら内容の感想を書こうと思ってたんですがほぼここに書き尽くしました。

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ご興味に応じてご覧ください。大したこと書いてません。白い砂のアクアトープ感想は次回以降にしましょう。