working-report 2回戦

ゲーム脳はゲーム脳のままで熱を失うだけ

大学と私(8)

皆様こんにちは。今回はとあるブロガーさんの記事に感化されて、これは書いておかねばならないと思ってカタカタやりはじめたものの、その話をする前に書いておかねばならないことがあったのを思い出して、まず、そっちを書くことにしました。

working-report2.hatenablog.com

もうこれ書いて半年以上経ってました。シリーズ記事として失格です。

ところで、皆様が中学生だった頃のイメージってどうですか。私は中学生を終えて30年近く経ち、あの頃を回顧するたび、最後の1年を除いてなんて猶予に満ちた時間だったんだろうとの思いが年々強くなってます。その猶予の間になんら生産的、創造的な事案に着手できなかったことへの後悔も。

 

対女子高校生の半年間のランデブーが終了してから中1と中3の男子を受け持つことになった私は、週に1回、自宅のある池上から火曜の夜は大森、日曜の朝は蒲田までチャリをかっ飛ばす家庭教師生活が始まりました。東京都「大田区」の名前の由来になった大森と蒲田です。

 

大森の中1男子はご家庭が少々ややこしく、いつお伺いしてもお父さんが不在の一人っ子でした。代わりにいつも応対してくれるお母さんが善良かつ真面目な民間人を絵に描いたような人で、自分がこの子を立派に育てるんだと気負い過ぎているのか、学校が終わってからの平日と土曜に習い事をぎゅうぎゅうに詰め込む人でした。習字、ピアノ、塾、週2の少年野球。そこへ新たに詰め込まれたのが私です。

彼は疲れ切っていました。まだ小学校を卒業したばかりの小さい体で、お母さんの期待とプレッシャーを一身に受けているせいなのか、最初はほとんど感情が死んでいました。初顔合わせの自己紹介で私が質問すると、彼はほぼ頷くだけです。

野球はどこ守ってるの。ほら、ピッチャーとセカンドだよね。好きなプロ野球選手はいるかな。川相選手のプレーを参考にしてるんだよね。なるほど、それじゃ巨人ファンかな。あら、先生は阪神タイガースがお好きなんですか。得意な科目はある?全部普通で困ってるよね。じゃ、得意じゃなくても好きなのはある?そう、●ネッセさんに歴史ですって伝えたら先生が来て下さったんですよ。

お母さんさぁ、そろそろ黙ってもらわないと「昨夜は眠れましたか?」って聞いちゃうよ?

 

お母さんは部屋から出ようとせず、中1男子と私がどんな風に授業を進めるのか、2時間ずっと見ていました。家庭教師は最初の1ヶ月ほどは試雇期間みたいなものですから、和歌山のど田舎出身の私がどれほどのものか見極めようとしていたんでしょう。1時間ずつ英語と社会(歴史)を教えることになっていたので、私がこの英文読んでみようかと促して、彼がたどたどしく読み始め、読めない単語にぶつかると

 

「ほら、そここないだも詰まったじゃない、ちゃんと復習したの?」
「読み方そうじゃないでしょう?ドエスじゃなくてダズでしょう?」

 

私にもダズさせてください。それかお母さんにダズしましょうか?

 

一事が万事そんな調子なので、中1男子の本音をなんとか聞き出したいと考えて、英語が終わって10分の休憩中、お茶を入れに行ったお母さんの隙をついて聞いてみました。毎日しんどいやろ。……しんどいです。授業はするけど、しんどかったら始まる前に言ってくれたら進め方調整するしな、無理せんとやろう。

そこで中1男子が泣き出すとは思ってなかったものですから、彼のプライドを著しく傷つけてしまったのではないかと心配したのも束の間、……がんばります。こっちが泣きそうでした。

 

 

次は日曜朝の蒲田です。●ネッセ本部は家庭事情について事前に教えてくれないのですが、こちらのご家庭に関しては念入りに説明されました。

 

母方の祖母と2人暮らし。雑談でも絶対にご両親の話はしないように。

 

えーなにそれ。私は一体どこへ遣わされるんだろう。多少の恐怖と共に向かったお家はごく普通の佇まいで、平和な休日の朝、簡単なお庭もあって、お花もきれいに咲いてます。その片隅に黒王号(私の黒いチャリ。今思いついて名付けた)を停めて玄関から失礼しようとしたら、縁側にお婆さんが座っています。あらいらっしゃい。先生ですか。よろしくお願いします。

東京の下町らしさというか、肝の据わった、迫力のある、気さくなお婆さんでした。いざなわれるまま階段を登り、2階にある中3男子の部屋に入った瞬間、元は雑誌の付録か何かで4つ折り跡が残る、壁に貼られた1枚のポスターに視線が集まりました。生徒見ろよ。

後藤真希というアイドルの顔を、当時はほとんど認識していませんでしたが、見た瞬間に「これは後藤真希だ」と分かりました。ミレニアム。LOVEマシーンよりこのかた、飛ぶ鳥落とす勢いで認知度を急激に高めていたモーニング娘。の絶頂期です。その当時のメンバーを誰も知らなかった私でも知っている後藤真希。そして後藤真希は私を知っているはずもない。

そうか。中学生って、アイドル好きなんだ。私の中学時代にもアイドル?アイドルってアムロちゃんみたいな子をいうんでしょ?てくらいには思ってたけど、付録付きの雑誌とか、ポスターとか買うなんて思いもせんかったわ。ていうか、女の子の絵姿を自室の壁に貼るなんて、おかんと、部屋共有してた妹に恥ずかしくて出来んかった。あれだ、おかんが買ってきた週刊誌にたまたま水着グラビア載ってた釈由美子を隠れてオカズにするのが関の山だった。それは今関係ないな。

 

部屋の中央に置かれたちゃぶ台の前で座っていた中3男子は、ちびまる子ちゃんの藤木のようなひょろっとした男の子でした。私を見ても臆することなく、というか私が来たことをあまり意識していないかのように、ごろんと横になりました。ネコか。

 

「ほら、先生が来て下すったんだから、ちゃんとしなさい」

 

投球前後の石井一久みたいな半笑いでゆっくりと姿勢を正す彼を見て直感したのは「この子は無理なんじゃなかろうか」。アルバイトの家庭教師とはいえ、先入観をもって人を見てはいけません。●ネッセの事前講習で叩き込まれていたので、嫌な予感を打ち消しながら自己紹介。彼、自己紹介、出来ない。えええ。恥ずかしいんかい。

 

「あのね先生、担任の先生は背伸びだって仰るんですけど、雪谷に入れたいんですよ。無理ですかね?雪谷が無理ならせめて他の都立校で、近所の大森か蒲田がいいんですけど」

 

お婆さんの話を聞いて私は軽く混乱しました。なぜって、雪谷高校は池上線沿線屈指の進学校(2023年偏差値は59)であり、大森高校(同41)はともかく、蒲田高校は究極、名前さえ書ければ入れるくらいの落ちこぼれ校(同38)です。なんだこの開きは。せっかく家庭教師をつけるのに、はじめっから公立の最底辺で妥協する必要なんてないでしょう。まだ彼の学力がどの程度なのかわからないので、早速授業を始めましょう。

 

……始めてすぐ分かりました。集中力が持続しない。問題を解くために一定時間を与えても、途中で飽きてしまうのか落書きを始めたり、ため息をついて筆記具を投げ捨てたり。そして何より、1時間後の休憩を挟んで、11時30分が近づくと急に貧乏ゆすりを始めたので、思わず聞いてしまいました。今日は疲れたかい?

 

ハロモニの時間なんだ!」

 

今日イチの大きな声で彼は宣言して、自室のテレビをつけました。テレビ東京が送る珠玉、かどうかは知らないけれど、少なくとも今この部屋でそれが始まるのを心待ちにするあまり家庭教師の存在すら忘れさせるハロー!プロジェクト初の冠番組、ハロー!モーニング(通称ハロモニ)。そうなのです、彼は中学生にして生粋の、モーヲタだったのです。

いやいやいや、授業中にテレビはダメでしょう。切りなさい。初回からこんなに強く言わなきゃならないなんて。しかし彼はハロモニの住人になってしまいました。テレビがついたのを察したのか、下階からお婆さんが上がってきます。

 

「ほら、先生いらっしゃるのに何やってるの、ちゃんとしなさい」

 

言われて席に戻ったものの、視線はテレビに釘付けです。これでは授業になりません。時間を延長してお送りすることになりました。野球中継じゃないんだから。彼が現世に戻るまでの間、お婆さんはお茶を入れて話してくださいました。

 

「私が勉強しなさいって言ってもあんな調子なもんですから、家庭教師の先生にお願いしてみようって思って。うちの娘が旦那とあの子置いてどっか行っちゃって……旦那もみっともないんですけど後を追って蒸発したんです。私じゃあどうしようもしてあげられなくってこうなんですよ。もう先生しかお願いできなくて」

 

重い茶飲み話ですねって情報開示早くないですか?の前に学生アルバイトの手に余りますよこれは。どないせえと。

 

生徒両名は予想外のパンチ力で私をダウンに追い込みました。モラトリアム3年目、戦の始まりを告げる鐘が鳴り響きます。今回はこの辺で。